フットボールの指導をしたからといって一文の得になるわけではない。自分の心が傷つくだけだったら……と自分の方から投げ出したくなったことも正直にいって、何度か私を襲った。
しかし私はやめなかった。
ここで挫折し、大学を去り、フットボールを放り出したら自分の半生を失ってしまうし、一生後悔に苛まれることがよくわかっていたからである。それに私は、誰よりもフットボールを愛しているという自負があった。
やめることは、私のプライドが許さなかった。
(篠竹幹夫 『熱い風』 pp.124-125 日之出出版 1989)


トラブルがあった時こそ、冷静であらねばならない。これは指導者、上に立つ者の義務である。
(篠竹幹夫 『熱い風』 p.138 日之出出版 1989)

壊れる際に費やしたのに倍する時間と労力を必要として、混迷を脱し、念願の日本一に返り咲いたのは昭和五三年だった。何と八年もの歳月がかかっている。
信念は曲げるものではない。同時にプライドは高く持つべしである。支えるものは意地であり、根性である。
(篠竹幹夫 『熱い風』 p.142 日之出出版 1989)
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k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の元監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

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