チームメートを大切にするあまり、多少のミスには目をつぶり、ナアナア主義になることがある。
技術の劣っている者をかばってやることが「チームの和」であると誤解する。あるいは自分の技術を脅かす人間がいないという安心感からか、まだ本人の技術水準でさえ、それほど高くないのに、コーチまがいのことをして悦に入ったりする者が出る。
これではグラウンドがいつの間にか「仲良しクラブ」になってしまう。
居心地はよかろう。だがこれは悪しき風潮である。厳しさがない。
フットボールのグラウンドにおいては「本音」をぶつけあわぬ限り、本当のチームプレーは成立し得ない。どんなに親しい友人であっても、相手の技術の低さをかばってはいけないのである。それは親しい相手の向上心の妨げになるばかりでなく、切磋琢磨している相手を冒涜していることにもなり失礼である。まさに友情の薄さを露呈しているに他ならない。
「本音」をぶつけ、とことん突っ込み、相手が責任をまっとうできるよう、さらに努力精進を要求することが、裏を返せば真の友情になるのである。
(篠竹幹夫 『熱い風』 p.85 日之出出版 1989)


団結は一人ではできない。
団結とは二人以上の人間が同盟を結ぶことである。人脈とは団結である。団結は友情である。
この世で成功した人の発言にほとんど必ず含まれるのは、「自分は良き友を得たから成功があった」という言葉である。
確かに良き友は何にも勝る財産である。だが、怠かな行為、それもほんのささいなことから友情は壊れかねない。いや、真の友情は生まれないことになってしまう。
「人生は人脈である」とよくいわれる。
戦いの荒野の中を、私のような者が五〇年以上も主義主張を保ち、貫き通してこられたのも、多くの友との団結があったからだと私は確信している。
人脈を作るのは難しい。だが人脈は誰にも存在するはずである。それを良くするも悪くするのも自分自身の心の持ちようである。
(篠竹幹夫 『熱い風』 pp.87-88 日之出出版 1989)
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k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の元監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

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