冗談をいうな。
自分の信念を曲げるなどということはあり得ないのである。
少なくとも私の辞書にはない。
信念を曲げるなどという者は、はじめから信念などは持ち合わせていないのである。
では信念とは何か。
私は「自分の意志が凝縮したものであり、絶対的で、揺るぎない自己の考え方である」と思っている。
したがって、自らの信念と他人の信念とは必ずしも一致するとは限らない。それでよいのだ。しかしながら信念は社会性を持っていなければならない。すなわち、その考え方が一般的に認容されるものでなければ、それは信念とはいえず、単に偏見と呼ばれるものであるに相違ない。
(篠竹幹夫 『熱い風』 pp.42-43 日之出出版 1989)


人間のやることである。どんなに完全完璧な者がやってもミスはあろう。ミスがあっていいのである。ミスを恐れてはいけない。
ただ、ミスを犯した時、逃げ出してはいけない。ともすると「失敗した」という悔恨にさいなまれて、煩わしいことから回避しようとする。これは人間である以上、精神が正常にバランスを保とうと働く正常な行為なのである。であるが、それは社会性を無視した一人よがりのバランスシートであって、仲間なり、組織なり、社会の一員である場合は異なる。
ミスを犯したことによって、迷惑を被った者がいるはずなのだから、けじめはつけなければならんと思う。
そこに信念の価値が出てくる。己れに信念があれば、煩わしいものを忌避せずに、謝るところは謝り、許すべきところは許せるはずである何ら恥じることはない。正々堂々たるものである。
(篠竹幹夫 『熱い風』 pp.57-58 日之出出版 1989)
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k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の元監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

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