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災害ボランティア体験記 その6

昨日、5月15日(日)、Kayaksはグラウンドでの練習を中止し、宮城県本吉郡南三陸町へ災害ボランティア活動に行ってきた。

春のオープン戦初戦まで3週間しかないのに、なぜ全部員が集まれてコーチングスタッフも来やすい日曜日の練習を休んでまでボランティアに行ったかというと、ひとつはゴールデンウィーク以降、ボランティアの人数が激減してしまったという新聞記事を読んだからで、継続して被災地へ行くことはできないが、ギリギリ昨日なら練習を休んで行っても良いだろうと判断したことがひとつ。

それから、私が災害ボランティアとして初めて活動した時から、Kayaksがチームとして参加できたら、非常に効率良く活動できるのではないかと感じていたからで、1ヶ月ほど前、(株)ボディプラスの仲間たちとKayaksの一部の部員がコラボでボランティア活動した時(コラボラ)の印象がその思いをさらに強くし、是非全部員で災害ボランティア活動をしてみたいと思ったからである。

と言っても、いくら監督だからと言って「日曜の練習は休んでボランティアに行くぞ!」とは言えず、コーチングスタッフと4年生に相談したところ、どちらも趣旨に賛同してくれて実現することができた。ちなみに、南三陸町へ行くことにしたのは、私の大学職員の先輩で南三陸町出身の方がいて、熱心に地元の復興に力を注いでいて、私も少しでも役に立ちたいと思ったから。先輩も上記趣旨に賛同してくれて、快く私たちを受け入れてくれた。

朝6時半、土樋キャンパスでマイクロバスに部員を乗せ、部員が運転する車2台と共に合計35名で南三陸町へ向かった。日曜だったからか三陸道は思ったよりも空いていて、途中、矢本パーキングエリアで休憩したが、9時前には南三陸町入谷地区に到着し、既に現地入りしていた先輩職員と合流して南三陸町ボランティアセンター(ボラセン)へ向かった。

三陸道を走る車内は遠足へ行く小学生のように大騒ぎしていた部員たちだったが、南三陸町へ入って辺り一面に広がる瓦礫と土台しか残っていない建物跡、スクラップのように潰れたクルマ、途中でちぎれた鉄道線路、そしてあの象徴的な南三陸町役場防災対策庁舎を見て、さすがに言葉を失い、しーんと静まり返った。私自身、これまでも比較的被害の大きかった地区を見てきたつもりだったが、あまりの凄まじい惨状に思わず涙が出そうになり、胸が苦しくなった。

昨日の作業はお寺の清掃作業。当初はお寺の瓦礫撤去と言われて長靴などを各自準備し、ボラセンでも一輪車やスコップを大量に貸してくれたのだが、現地へ行ってみるとそうした作業は既に終わっていて、細かいガラスの破片や木屑、少量残った泥などの清掃作業が主な仕事だった。おそらく現地のボラセンでも情報の管理が難しいのだろう。少々残念な気もしたが、重労働も軽作業も被災者の役に立てるという点では全く同じ意義がある。求められていることを一所懸命やることが大事なのだ。

午前10時過ぎから作業を開始し、簡単な清掃なのですぐに終わるかな?と思ったが、広い敷地で行う細かな作業はむしろ逆に時間がかかる。拾っても拾っても小さな木屑やガラスの破片があとからあとから出てくる感じで、なかなか捗らない。午前中に終わったら、次の現場に向かおうか、ぐらいに考えていたが、結局ボラセンへ戻らなければならない15時半までかかって、ようやくお寺周辺の清掃作業を終えることができた。

ボラセンへ戻って報告書を書き、お世話になった担当者にご挨拶したら、どうぞと言われてハンバーガーをいただいた。今日ボランティアした方全員分あります、というので遠慮なく、35名分のハンバーガーをいただいた。これがまた意外にも、と言ったら失礼だが、本格的でボリュームのあるハンバーガーで、てりやきソースがとても美味しかった。

さて。
私が初めて災害ボランティアとして活動した際、すぐ近くで東北高校の野球部員が同様に活動していた。日頃一緒にひとつの目標に向かって活動している運動部員ならではの、無言のコミュニケーションというか、多くを語らずともひとりひとりが役割を分担して機能的に活動する様子を見て、Kayaksもチームとしてボランティア活動に参加できたら、同じように貢献できるのではないか、と考えた。また、被災地へ直接行ってボランティアとして活動することによって、部員たちが多くのことを感じ、学ぶことができるのではないかとも考えた。

前述のとおり、ボディプラスファミリーとのコラボラの際は、まさにそうしたチームとして活動することの意義を十分感じさせてくれるものだった。あの時は参加者を募って行ったのだが、参加してくれた12名の部員たちとボディプラスファミリーはすぐに仲間になり、災害ボランティア活動にチームとして集中して参加することができた。

しかし。
今回、はっきり言えば、部員たちが清掃作業に取り組む態度を見てがっかりした。だらだらとしていてお喋りが多く、決して一所懸命やっているようには見えなかった。作業の途中、せっかくチームで来てるんだからコミュニケーションとりながらやろう、と話したら、コミュニケーションをクダラナイお喋りと勘違いしたようだ。あの惨状を見て、被災地へ行って作業をしていて、無駄なお喋りをするとは思わなかった。

もちろん、中には熱心に取り組んでいる者もいるようだったが、ほとんどの部員の活動する様子を見て、私は幻滅したと同時に、自分の考えが間違っていたということに気付かされた。

そもそもボランティアというのは自らの意思で行うもので、監督に言われたから仕方ないから行くか、みたいな考えの者を連れて行くべきではなかったのだ。入部したての1年生も参加したので、仲良くなるためのイベントとして考えれば効果はあったかもしれないが、それが目的で貴重な練習を中止するほど私は監督業を軽んじてはいない。南三陸町は津波によって壊滅的な被害を受け、500人以上の方が亡くなった地だ。それでも尚、地元を復興しようと踏ん張る地元住民の方々のことを思えば、どんな小さな作業でも一所懸命やることができたはず。大学生にもなってそれができないとは、何とも情けない。

もっと物事について考えよう。考えて行動しよう。一日一日を大切に生きよう。大学生活の4年間があっと言う間に過ぎ去ってしまうように、人の人生もあっと言う間。考えて考えて、充実した一生を過ごそう。Kayaksの部員たちには、そう生きて欲しい。そのための準備期間、学ぶ場として大学生活の4年間がある。アメリカンフットボールという競技を通じて様々なことを学んで欲しい。貪欲に学んで欲しい。


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【行程覚え書き】
06:30 土樋キャンパス出発
07:20 矢本パーキングエリアで休憩
08:50 南三陸町入谷公民館到着
09:35 南三陸町ボランティアセンター出発
10:10 津龍院到着。作業開始
15:30 作業終了
16:00 南三陸町ボランティアセンター到着
16:30 南三陸町ボランティアセンター出発
17:30 矢本パーキングエリアで休憩
18:45 土樋キャンパス到着
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k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の元監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

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