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レモンを手に入れたら

 本書を執筆中のある日、私はシカゴ大学を訪れ、ロバート・メイナード・ハッチンズ総長に悩みから逃れる方法をたずねたところ、こんな答えが返ってきた。「私はシアーズ・ローバックの社長、故ジュリアス・ローゼンワルドの『レモンを手に入れたら、レモネードを作れ』という忠告に従うように心がけている」(訳者注-レモンという言葉に不快なものという意味がある)
 これこそ偉大な教育者が実行していることなのだ。だが、愚か者はこれと正反対のことをする。彼は人生の贈物がレモンだと知ると、あきらめ顔で「私は負けた。これが運命だ。もはやチャンスはない」などと言い出す。そして世間に文句をつけ、自己憐憫にどっぷり浸り込んでしまう。けれども、賢い人はレモンを手にして自問する。「この不運からどんな教訓を学ぶべきだろう? どうしたら周囲の状況がよくなるであろう? どうすればこのレモンをレモネードに変えられるだろうか?」
(カーネギー著 香山晶訳 「道は開ける」 p.198 創元社 1996)

 ハリー・エマソン・フォズディックは二十世紀になって、もう一度説いている。「幸福は快楽ではない。それは、ほとんどの場合勝利である」と。そのとおりだ。それは成就の感覚、征服の感覚、レモンをレモネードに変えた感覚がもたらす勝利の喜びなのだ。
(同 p.200)

 ウィリアム・ジェームズも言っている。「われわれの弱点そのものが、思いがけないほどわれわれを助けてくれる」と。
(同 pp.204-205)

 かつてバイオリニストとして世界に名をはせたオーリ・ブールがパリで演奏をしていたとき、バイオリンのA弦がプツリと切れたことがあった。けれども、ブールは三本の弦でその曲を終りまで弾き続けた。「それが人生なのだ。A弦が切れることも、三本に弦で弾き終えることも」とハリー・エマソン・フォズディックは言っている。
 それは単なる人生ではなく、人生以上のものだ。勝利に満ちた人生にほかならない!
(同 p.206)
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k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の元監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

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