男の真価

たかだか四年間のフットボール。私はこうして気がついたら三十年以上経ってしまっているが、勝った負けたという結果よりも大切なものがあると思う。
真の強者となってゲームにのぞむことこそ第一。その上で王座を勝ちとることが目標となろう。
いかに正々堂々と戦えるか--このことを重視する。
これは学生スポーツとしては、当たり前のことである。学生として、いかに立派なゲームができたかということが一番大切なことであって、勝負は結果にすぎない。だから、負けた試合について選手をとやかくいった事はない。負けはむしろ、我々指導者の方の責任と考えている。
ただ、チームに自主性というものがないと、どうしてもはい上がってこれない。自主性というのは、精神的なものをより高めていこうとする努力にほかならない。
たとえば、四年間フットボールをやってきて、レギュラーになれないものだっている。だが、その人間がその時点で選手として、部員としての努力を放棄してしまったとしたら、チームは成り立たない。
『レギュラーになれなくたって、えんの下の力持ちになれる』こういう心構えで、自分を犠牲にして他のもののために働いてくれるからこそ、真の強いチームが生まれるのである。もちろんチームもそういう人間の努力に感謝し、労にむくいるものでないといけない。
これもすべて自主性のなせるわざである。言われてやるのでは意味がない。
日大でレギュラーになれなくても、自主性を持ち、それを尊んでいれば、社会で役立てることはいくらだってできるはずだ。
男としての真価は、社会に出てからの勝負である。

(篠竹幹夫著 「汝 不死鳥たれ」 p.52 タッチダウン 1990)

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k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の元監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

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