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レモンを手に入れたら

 本書を執筆中のある日、私はシカゴ大学を訪れ、ロバート・メイナード・ハッチンズ総長に悩みから逃れる方法をたずねたところ、こんな答えが返ってきた。「私はシアーズ・ローバックの社長、故ジュリアス・ローゼンワルドの『レモンを手に入れたら、レモネードを作れ』という忠告に従うように心がけている」(訳者注-レモンという言葉に不快なものという意味がある)
 これこそ偉大な教育者が実行していることなのだ。だが、愚か者はこれと正反対のことをする。彼は人生の贈物がレモンだと知ると、あきらめ顔で「私は負けた。これが運命だ。もはやチャンスはない」などと言い出す。そして世間に文句をつけ、自己憐憫にどっぷり浸り込んでしまう。けれども、賢い人はレモンを手にして自問する。「この不運からどんな教訓を学ぶべきだろう? どうしたら周囲の状況がよくなるであろう? どうすればこのレモンをレモネードに変えられるだろうか?」
(カーネギー著 香山晶訳 「道は開ける」 p.198 創元社 1996)

 ハリー・エマソン・フォズディックは二十世紀になって、もう一度説いている。「幸福は快楽ではない。それは、ほとんどの場合勝利である」と。そのとおりだ。それは成就の感覚、征服の感覚、レモンをレモネードに変えた感覚がもたらす勝利の喜びなのだ。
(同 p.200)

 ウィリアム・ジェームズも言っている。「われわれの弱点そのものが、思いがけないほどわれわれを助けてくれる」と。
(同 pp.204-205)

 かつてバイオリニストとして世界に名をはせたオーリ・ブールがパリで演奏をしていたとき、バイオリンのA弦がプツリと切れたことがあった。けれども、ブールは三本の弦でその曲を終りまで弾き続けた。「それが人生なのだ。A弦が切れることも、三本に弦で弾き終えることも」とハリー・エマソン・フォズディックは言っている。
 それは単なる人生ではなく、人生以上のものだ。勝利に満ちた人生にほかならない!
(同 p.206)
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46歳が一番不幸?!

何気なく見ていたネットのニュース記事で、思わず釘付けになってしまった記事をご紹介。

検証!なぜ人は46歳が一番不幸なのか (抜粋)

自分はこのままでいいのだろうか
人はなにをもって「幸福」だと感じるのか――。これまでの経済学では、金銭的に豊かになれば人生の満足度も高くなると考えられてきました。

しかしここ数年、経済的に豊かだからといって幸せになれるかというと、そうではないことが世界的に言われ始めています。よく知られたところでは、ブータンは以前からGNPならぬGNH(グロス・ナショナル・ハピネス=国民総幸福量)の概念を掲げて、物質的な豊かさよりも精神的な幸福感を高める政策を進めていますし、昨年はイギリスのキャメロン首相が、国民の幸福度調査を行うと発表しました。

そのような折、イギリスの経済誌「The Economist」で興味深い記事を見つけました。人間の幸福度は年齢に相関するという内容です。あるアメリカでの調査で自分の幸福度を自己評価してもらったところ、平均で46歳のときが一番不幸だと感じるという結果が出たというのです。
 (中略)
なぜ46歳がいちばん不幸に感じるのか。この年代はいろんな大変な現実に直面する時期なのかもしれません。家庭内でのトラブルがあったり、健康面でも生活習慣病や老眼といった不安が出てくる。

家庭や健康面だけではありません。仕事では先が見えてきて、取締役に昇進していく人と子会社に出向する人、転職でキャリアアップを図れる人とそうでない人の二極化が始まる時期でもあります。

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人は仕事で磨かれる

人は、仕事によって磨かれる。仕事で悩み、苦しむからこそ人間的に立派になるんです。だから、「こんなつらい仕事をやらされて」とゴチャゴチャ不満を言う前に、それを与えられたことを喜ぶべきなんです。もちろん、嫌な仕事を引き受けたからといって、それと自分の成長はイコールとは限りません。しかし、周りが嫌がる仕事を引き受けて、それを前向きにとらえるところにグレードアップの可能性があるんです。
(丹羽宇一郎 「人は仕事で磨かれる」 p.225 文藝春秋 2008)

人は仕事で磨かれる。今でもこの信念は揺らいでいません。もっと言えば、人は仕事で磨かれ、読書で磨かれ、人で磨かれる。この三重奏だと思っています。そして今、ここでもうひと言付け加えたいと思います。
「自分を磨くために、一歩踏み出せ!」
(同 p.269)

コミュニケーション

トップに立つ人間にとって、もっとも重要なことは何か。それは、部下との直接の対話です。
(丹羽宇一郎 「人は仕事で磨かれる」 p.206 文藝春秋 2008)


それともう一つ、人は話を聞いているようで実はそれほど聞いていないんです。人の話など、そう全部覚えていられるはずもありません。だから、私はわかりやすい言葉で、何度も何度も同じことを繰り返します。
(同 p.207)

自分の能力に謙虚になれ

ビジネス社会で評価の軸となるものは何か。それは、周りから必要とされるかどうかだと私は思っています。「この案件はあの人に任せよう」「この人なら適切なアドバイスをしてくれる」といった具合です。組織から「あなたがいないと困る」と言われる存在であることです。それらはすべて他人の評価によるものです。
(丹羽宇一郎 「人は仕事で磨かれる」 pp.172-173 文藝春秋 2008)

その時の課長の返事はこうだった。「丹羽君、能力というのは自分で評価するものではない。他人が評価するんだよ」。正直なところ、この言葉の意味は、その時にはよくのみ込めなかった。
だが、その後、何とか思い直して、仕事を続けているうちに、その意味が理解できるようになった。ビジネスの世界では、自分の評価というのは、何の足しにもならないのだ。
(丹羽宇一郎 「新・ニッポン開国論」 p.64 日経BP社 2010)

読書は想像力の源

太い幹をつくろうと思うなら、たえず考えながら本を読むことです。読書でしか得られないもの、それはやっぱり論理的な思考です。物事を掘り下げて考える力や、本質をとらえる力は、読書をすることで養われていきます。考えながら読書をしている人とそうでない人とでは、明らかに違いが出てくる。そして、二十年くらい経つと、その差が歴然としてくるでしょう。
(丹羽宇一郎 「人は仕事で磨かれる」 p.148 文藝春秋 2008)


成人の日

今日は成人の日。
大学2年生の多くが今日行われる成人式で祝福を受けるが、果たして成人と呼ばれるだけの大人になったかというと、そうでもないことが多い気がする。

大学というと自由という言葉が連想されるが、自由には責任が付き物。そしてまた、大人になればさらに自由なことが多くなり、同時に責任が増す。派手な衣装を着て成人式を楽しむのも良いが、それと同じだけの時間と労力を掛けて、大人としていかに生きるべきかを考えて欲しい。

以下は、松下幸之助著「道をひらく」より。私のように成人式を四半世紀前に迎えた人にとっても、日々、自分自身の心に問いかけたい言葉だ。

おたがいに はたして真の大人だろうか
自分自身を過大視せず いやしめることなく
みずからのことは みずからの力で処する
きびしいひとり立ちの心がまえを
身にしみて 真剣に考えているだろうか
大人としての ふかい責任感と気力をもって
今こそ この国日本の 正しく生きる姿と
ながい歴史に培われた その誇りとを確かめたい
世界の繁栄と平和と幸福を ともに築くために

(松下幸之助著 「道をひらく」 p.78 PHP研究所 1968)

成人の日、おめでとう!


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プロフィール

k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の前監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

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