スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

災害ボランティア体験記 その7

今日は、18日(月)海の日に出勤した代休で仕事はお休み。ちょうどボラステ(東北学院大学災害ボランティアステーション)が募集していたボランティア活動に申し込み、久しぶりに参加してきた。

今日の活動は、災害ボランティアの「災害」の2文字を取った方が良さそうな軽作業で、幼稚園の園庭に芝生の苗のポットを植え付けるというもの。どちらかというと瓦礫の撤去や汚泥のかき出しなどに参加したいと考えてきたが、今回は特別。なぜなら、その幼稚園が七ヶ浜町にあるからだ。

七ヶ浜の海には本当によく行った。私はほとんど泳げないので、海水浴というよりも、例えば多賀城キャンパス配属時にはお昼休みにクルマを飛ばして行って砂浜で昼飯を食べてきたり、仕事が終わってすぐ海に行って潮風と波音を聞いて瞑想(?)したりしていた。

子供の頃、海と言えば菖蒲田浜だったし(塩豚だと思っていた!笑)、高校の時、ラグビー部の夏合宿では高山セミナーハウス(大学の施設。今はもう無い)に寝泊まりした。大学に入ってからKayaksでも七ヶ浜町内の旅館に寝泊まりして夏合宿を行ったことがあったし、監督になってリーグ戦前の必勝祈願のお参り…というか選手の無事を祈願したのは、何故か分からないが七ヶ浜にある多聞山。

そんな訳で、七ヶ浜(通称セブンビーチ)にはちょっとした思い入れがあり、震災直後、一度だけクルマで向かったことがあるのだが、惨状を見る勇気が無く、町の入り口で引き返して来て以来、行くことができずにいた。

震災発生から4ヶ月が経ち、たまたま代休をとっていた日に七ヶ浜町のボランティア活動が募集されているというのは何かの縁だと感じ、軽作業だが申し込むことにしたという訳。

さて、前置きが長くなったが、今日の作業は園庭に芝生の苗のポットを植えるという作業。四角く切り取られた芝を張り付ける作業かと思いきや、直径5cmほどの小さな苗を40cmほどの間隔をあけて植え付けていくというもの。3ヶ月ほどで一面が芝生になるという。

一昨日まで、仙台はうだるような蒸し暑さが続いていたが、昨日は台風6号の影響で雨が降り、今朝は曇って半袖では寒いぐらいの気温。しかし、私が現地に到着した頃には雲間から青空が見え始め、やがて強い夏の日差しが戻ってきた。それでも涼しい風が吹いていたので、今日は熱中症の心配も雨風の心配もなく、絶好のボランティア日和となった。

あらかじめ掘られた穴に苗のポットを植えていくのだが、作業は園児たちと一緒に行われた。当初は、園児たちは一部分だけ手伝う、ということだったが、元気な園児たちは凄まじいスピードで苗を植え込んでいき、苗をケースから取り出して穴に置いていく私たちオトナは「早く、早く!」と煽られる始末。結局10時から16時までと予定されていた作業は、僅か1時間ほどで終わってしまった。

芝生の苗を植え付けたばかりの園庭で無邪気に園児たちは走り回っていたが、そのすぐ隣、園庭の倍以上の広さの空き地にはまだ津波で破壊された瓦礫が放置されたままである。そのコントラストは、今思い出すと物悲しいが、元気に走り回る園児たちの姿を見ている時は、何も考えずに私たちも笑顔になることができた。

さて、七ヶ浜町の様子だが、七ヶ浜は浜辺のすぐ近くから切り立った崖というか山になっているような地形なので、被害を受けた地域の広さという点ではそれほどではなく感じたが、菖蒲田浜に向かってクルマで走って行って、ある地点から急に家々は土台だけになり、防砂林もだいぶ無くなって妙な視界の広がり方に違和感を感じた。幹線道路沿いの瓦礫は既にほとんど撤去されていて、一部取り壊し中の建物があるという感じ。道路は一部崩壊して通れなくなっていた。

私のお気に入りスポットのひとつである小豆浜は、小さな浜だがサーファーたちでいつも賑わっていた。今は、津波で流されてきたのであろう大きなコンテナがいくつも打ち上げられたままになっていた。

もうひとつのお気に入りスポット、表浜は、道路の陥没が著しく、クルマで入ることはできなくなっていて、遠くから眺めることしかできなかったのだが、足もとの惨状が信じられないぐらい、遠くに見える今日の海は青く綺麗だった。

いつもなら、この時期、海水浴客で賑わうはずの七ヶ浜町。来夏はあの夏の海の賑わいを取り戻すことができるだろうか?


関連記事 災害ボランティア関連のピックアップ記事
スポンサーサイト

Messenger311

昨日の夕方、NHK総合テレビで仙台の高校生たちが被災地の避難所を回ってボランティア活動をしている様子を偶然見た。

彼らは、「Messenger311」というグループで、避難所を訪問して被災者が必要としている物資を直接聞き取り調査し、ネットを通じて支援物資の提供を呼びかけている。ネット環境が無い、あるいはネットに疎い被災者たちに代わって、支援物資の提供を呼びかけているという訳。

表情はまだあどけなさが残る彼らだが、発言は実にしっかりしていて芯がある。自分たちが高校生として今何ができるかを模索し、考え抜いた上で周囲(大人や他の高校生)の理解・協力を得、身の丈いっぱいの活動をしている。本当に立派だと思った。そして、自分自身には何ができるのだろうか、と考えさせられた。

さて、私には、何ができるのだろう?

ちなみに…
彼らはどうやら我が後輩のようです。さすが!!

ボランティア刺される

被災地のボランティア活動に来ていた女性が、面識の無い男にキリで刺された。幸い女性は軽傷で、男も殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。ボランティア活動をする人は、被災地や避難所が犯罪の無い聖地ではないし、被災者が全て善良な市民ではないという事実を忘れずに行動すべきだろう。(その逆も言える。ボランティア全てが善良な市民ではない)

【記事】
 17日午後3時40分ごろ、宮城県石巻市の石巻赤十字病院の建物の外で、被災地のボランティア活動に来ていた金沢市の団体職員の女性(26)が、石巻市の無職の男(47)にきりで刺された。県警石巻署は殺人未遂容疑で男を現行犯逮捕した。女性は腰に軽傷。
 逮捕容疑は、歩いていた女性を持っていた切っ先約5センチのきりで背後から刺し、殺害しようとした疑い。県警によると、男は「自分が刺したのは間違いない」と容疑を認める一方、意味不明なことも話しているという。
 県警によると、2人に面識はない。男は自転車で逃走しようとしたが、居合わせた人たちが取り囲み、110番で駆け付けた警察官が取り押さえた。

心安らぐひと時!?

今日の午後、数年前に本学を卒業したという女性が訪ねてきた。
地震当日(3月11日)、交通機関が全て止まってしまって白石市の実家に帰れなくなった際、土樋キャンパスの体育館に一晩泊めさせていただいたので、そのお礼に寄付をしたいがどうしたら良いか、とのこと。

学校法人東北学院では復興支援金として寄付金を受け付けているので、その説明をさせていただいた。

このところ、お疲れ気味な私にとって、何となく心安らぐひと時だった!?

災害ボランティア体験記 その6 写真版

5月15日(日)に行ったKayaksの災害ボランティア活動の様子を写真でご紹介。

この日は、宮城県本吉郡南三陸町のお寺の清掃作業。小さな木屑やガラスの破片などを拾い集めるのが主な作業。


昼休み。天気が良かったので(不謹慎ながら)ピクニック気分?!


このブログでは、単に興味本位で見られたくないので被災地の写真を載せてこなかったが、地震・津波から2ヶ月以上経った今も、被災地はこんな様子です。

地震発生は平成23(2011)年3月11日(金)午後2時46分。その約40分後、このあたりに津波が押し寄せてきたのだろう。瓦礫の中に見つけた時計は、午後3時27分頃で止まっていた。

小さな木屑やガラスの破片などの清掃作業だったが、袋に集めると思った以上に大量で驚いた。都合により休んだ部員もいたが、この日Kayaksは、ほぼ全員で災害ボランティア活動を行った。


南三陸町ボランティアセンターでいただいたハンバーガー。ボリュームたっぷり、てりやきソーズで美味しかった。ごちそうさまでした。

関連記事 災害ボランティア体験記 その6 2011年5月16日(月)

災害ボランティア体験記 その6

昨日、5月15日(日)、Kayaksはグラウンドでの練習を中止し、宮城県本吉郡南三陸町へ災害ボランティア活動に行ってきた。

春のオープン戦初戦まで3週間しかないのに、なぜ全部員が集まれてコーチングスタッフも来やすい日曜日の練習を休んでまでボランティアに行ったかというと、ひとつはゴールデンウィーク以降、ボランティアの人数が激減してしまったという新聞記事を読んだからで、継続して被災地へ行くことはできないが、ギリギリ昨日なら練習を休んで行っても良いだろうと判断したことがひとつ。

それから、私が災害ボランティアとして初めて活動した時から、Kayaksがチームとして参加できたら、非常に効率良く活動できるのではないかと感じていたからで、1ヶ月ほど前、(株)ボディプラスの仲間たちとKayaksの一部の部員がコラボでボランティア活動した時(コラボラ)の印象がその思いをさらに強くし、是非全部員で災害ボランティア活動をしてみたいと思ったからである。

と言っても、いくら監督だからと言って「日曜の練習は休んでボランティアに行くぞ!」とは言えず、コーチングスタッフと4年生に相談したところ、どちらも趣旨に賛同してくれて実現することができた。ちなみに、南三陸町へ行くことにしたのは、私の大学職員の先輩で南三陸町出身の方がいて、熱心に地元の復興に力を注いでいて、私も少しでも役に立ちたいと思ったから。先輩も上記趣旨に賛同してくれて、快く私たちを受け入れてくれた。

朝6時半、土樋キャンパスでマイクロバスに部員を乗せ、部員が運転する車2台と共に合計35名で南三陸町へ向かった。日曜だったからか三陸道は思ったよりも空いていて、途中、矢本パーキングエリアで休憩したが、9時前には南三陸町入谷地区に到着し、既に現地入りしていた先輩職員と合流して南三陸町ボランティアセンター(ボラセン)へ向かった。

三陸道を走る車内は遠足へ行く小学生のように大騒ぎしていた部員たちだったが、南三陸町へ入って辺り一面に広がる瓦礫と土台しか残っていない建物跡、スクラップのように潰れたクルマ、途中でちぎれた鉄道線路、そしてあの象徴的な南三陸町役場防災対策庁舎を見て、さすがに言葉を失い、しーんと静まり返った。私自身、これまでも比較的被害の大きかった地区を見てきたつもりだったが、あまりの凄まじい惨状に思わず涙が出そうになり、胸が苦しくなった。

昨日の作業はお寺の清掃作業。当初はお寺の瓦礫撤去と言われて長靴などを各自準備し、ボラセンでも一輪車やスコップを大量に貸してくれたのだが、現地へ行ってみるとそうした作業は既に終わっていて、細かいガラスの破片や木屑、少量残った泥などの清掃作業が主な仕事だった。おそらく現地のボラセンでも情報の管理が難しいのだろう。少々残念な気もしたが、重労働も軽作業も被災者の役に立てるという点では全く同じ意義がある。求められていることを一所懸命やることが大事なのだ。

午前10時過ぎから作業を開始し、簡単な清掃なのですぐに終わるかな?と思ったが、広い敷地で行う細かな作業はむしろ逆に時間がかかる。拾っても拾っても小さな木屑やガラスの破片があとからあとから出てくる感じで、なかなか捗らない。午前中に終わったら、次の現場に向かおうか、ぐらいに考えていたが、結局ボラセンへ戻らなければならない15時半までかかって、ようやくお寺周辺の清掃作業を終えることができた。

ボラセンへ戻って報告書を書き、お世話になった担当者にご挨拶したら、どうぞと言われてハンバーガーをいただいた。今日ボランティアした方全員分あります、というので遠慮なく、35名分のハンバーガーをいただいた。これがまた意外にも、と言ったら失礼だが、本格的でボリュームのあるハンバーガーで、てりやきソースがとても美味しかった。

さて。
私が初めて災害ボランティアとして活動した際、すぐ近くで東北高校の野球部員が同様に活動していた。日頃一緒にひとつの目標に向かって活動している運動部員ならではの、無言のコミュニケーションというか、多くを語らずともひとりひとりが役割を分担して機能的に活動する様子を見て、Kayaksもチームとしてボランティア活動に参加できたら、同じように貢献できるのではないか、と考えた。また、被災地へ直接行ってボランティアとして活動することによって、部員たちが多くのことを感じ、学ぶことができるのではないかとも考えた。

前述のとおり、ボディプラスファミリーとのコラボラの際は、まさにそうしたチームとして活動することの意義を十分感じさせてくれるものだった。あの時は参加者を募って行ったのだが、参加してくれた12名の部員たちとボディプラスファミリーはすぐに仲間になり、災害ボランティア活動にチームとして集中して参加することができた。

しかし。
今回、はっきり言えば、部員たちが清掃作業に取り組む態度を見てがっかりした。だらだらとしていてお喋りが多く、決して一所懸命やっているようには見えなかった。作業の途中、せっかくチームで来てるんだからコミュニケーションとりながらやろう、と話したら、コミュニケーションをクダラナイお喋りと勘違いしたようだ。あの惨状を見て、被災地へ行って作業をしていて、無駄なお喋りをするとは思わなかった。

もちろん、中には熱心に取り組んでいる者もいるようだったが、ほとんどの部員の活動する様子を見て、私は幻滅したと同時に、自分の考えが間違っていたということに気付かされた。

そもそもボランティアというのは自らの意思で行うもので、監督に言われたから仕方ないから行くか、みたいな考えの者を連れて行くべきではなかったのだ。入部したての1年生も参加したので、仲良くなるためのイベントとして考えれば効果はあったかもしれないが、それが目的で貴重な練習を中止するほど私は監督業を軽んじてはいない。南三陸町は津波によって壊滅的な被害を受け、500人以上の方が亡くなった地だ。それでも尚、地元を復興しようと踏ん張る地元住民の方々のことを思えば、どんな小さな作業でも一所懸命やることができたはず。大学生にもなってそれができないとは、何とも情けない。

もっと物事について考えよう。考えて行動しよう。一日一日を大切に生きよう。大学生活の4年間があっと言う間に過ぎ去ってしまうように、人の人生もあっと言う間。考えて考えて、充実した一生を過ごそう。Kayaksの部員たちには、そう生きて欲しい。そのための準備期間、学ぶ場として大学生活の4年間がある。アメリカンフットボールという競技を通じて様々なことを学んで欲しい。貪欲に学んで欲しい。


関連記事
災害ボランティア体験記 その6 写真版 2011年5月16日(月)
災害ボランティア関連のピックアップ記事

続きを読む

帰路

南三陸町での今日のボランティア活動は600年の歴史を持つというお寺の清掃作業。

無事終えて、これから土樋キャンパスへ帰ります。詳しい報告はのちほど。
ブログ内検索
カテゴリー
月別アーカイブ
全記事一覧
モバイル版QRコード
このブログは携帯電話でも閲覧できます。下のQRコードを読み取ってアクセスしてください。
QR
プロフィール

k_sone

Author:k_sone
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks(カヤックス)の前監督。部員数が激減して廃部寸前にまで陥ったチームを立て直し、東北学生1部リーグに昇格させた。2011年5月、監督を辞任。

FC2カウンター
different version
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。